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カテゴリ:短歌

・桜花咲き乱れたる淵がへは空もほのかに色づかるらし

・風に乗り舞ひてふれこし山櫻みればふたひら重なりてあり

・湧きいでる水なみなみにひかりつつ舞ひふり落つる花を運へり


靖国神社と千鳥ヶ淵の桜を見たときのことを詠みました。

by funkysweets | 2010-04-09 00:21 | 短歌

お花見

近所にある川沿いの桜並木を見てきました。雨が降った後の花見もまた良いものですね。


・さくら花写る水面(みなも)に雨つぶのひとつふたつと波紋ひろがる

・川のもにひとひらおちて流れゆく桜の花と鯉とあそへり

・桜咲くゑの間よりみゆ広き空悠々飛へる鳥の遠きに

・さざ波に水面ゆらぎて仰れば白き空より雨のふり落つ

・花をめで思はぬ道の水たまりふみてぴちゃりとなるもこころよき

by funkysweets | 2010-04-05 23:12 | 短歌

 最近短歌づいていますが、言葉も仮名づかいも知らないので、合っているのか疑問になる時があります。もしかしたら今の仮名遣いで詠んだ方がリアリティがあるのかもしれません。でも、昔の仮名遣いの方が音が綺麗に感じるので、あえて昔の仮名を用いて詠んでいます。感じたことを偽りなく述べるという点では同じだと思います。


・ちぎり雲ながる間にまに月いでてしめりたる夜をあかく照らせり

・いそがずも散りぬるものを春風はいにしへよりもげに慌ただし


一首目…風が強いせいか、ながれるという表現がぴったりくるぐらい雲の流れが速い日でした。夜(よ)は読みが同じということもあり、夜と世を重ねました。

二首目…昔から、春風によって散る花を惜しむ気持ちが詠まれてきました。今も昔もその心は変わらないんだなぁと思います。

by funkysweets | 2010-04-02 00:51 | 短歌

 花を見る機会が多くなってきたので、歌に詠み込みました。お題は花でしょうか。


・家々の先祖にそへし花ありて薄墨に色さし入られたる

・春ごとにおなじ木ずゑの花なれど人はかなしもおなじにあらぬ

・うす紅の色さしそめて匂ほへるあんずの花を人しるらめや


一首目、お彼岸にお墓参りをしてきたことです。家々のお墓に花が供えられていて、石ばかりの水墨画の中に色を差し入れたように、パッと色とりどりの花々が咲いていました。

二首目、昨年の春に木の花を見ながら一緒に立ち話をしていた、お元気だった方が今年は入院をされている…今年もまた同じように花が咲いたのを見て詠んだものです。

三首目、裏通りに杏の花が咲いていました。ピンク色でとても可愛らしい花です。桜に似ていますが、桜のようにぱぁっと豪華に咲くのではなく、ちらほらという感じに咲きます。

by funkysweets | 2010-03-24 23:41 | 短歌

おと

 場所によっては桜が咲き始めましたね。ということで、背景を桜にしてみました。


桜とは全く関係なしに、音楽のことで最近詠んだものを。。

・なめらかに指板のうへをすへり鳴るやはらかき風とほるごとくに

・ゆらめかる箏のねあはせ五七のいにしへの歌詞うたひをさむる

・大師範は足裏の米と笑ひたるとらねば食へぬとつても食へぬと

一首目は、ギタリストのトリオライブを見に行ったときの感動したものを詠みました。
二首目は、歌のある箏曲は五七調の短歌や長歌になっている歌詞が多く、それが箏の音にうまくあってとても綺麗なので、それについてのことです。
三首目は、大師範にならなければ食べていけないけど、なっても食べていけないと、足の裏についたご飯つぶのようだと尺八の大師範の方が仰っていたそのままです。芸術とは得てしてそういうものなのでしょうが、困ったことにそういったものほど魅かれていきます。

by funkysweets | 2010-03-19 01:06 | 短歌

梅ヶ枝

 梅を見たおりに

・箏曲の梅ヶ枝いまだならずれど蕾ひらけば見事なるらむ

・梅ヶ枝に小さきつぼみ成りなりてひとつふたつとひらきしにけり

・陽当たりのよき枝の梅は白に紅ピンク色どり咲き誇りたる


一首目は、今習っている「梅ヶ枝」という曲と、出先で見かけた蕾ばかりの梅を重ねて詠んでみました。
二首三首目は、模写の様に見たままの歌です。

春ですね~。

by funkysweets | 2010-02-25 18:22 | 短歌

短歌

歴代の天皇陛下の御歌には短歌のことを詠まれたものがあります。

すなほなるやまとごころをのべよとて神やひらきし言の葉の道
絶えせじなその神代より人の世にうけて正しき敷島の道
天地も動かすばかり言の葉のまことの道をきはめてしがな


スサノオから今現在までつづいている短歌は、天地を動かしてしまうほどの力があるというふうにお詠みになっています。私はこれらの御歌に沿って短歌を詠んでいけたらいいなと思っています。


 短歌と言えば、中学生のころに俳句を習ったのみで、先生が「短歌は長いぶん俳句よりも難しい」と言っていたのを覚えています。短歌のあり方みたいなものを教わったのは、社会人になってからのことで、ごく最近の話です。今思うと俳句の方が季語などの縛りがあるので難しいです。川柳にしても、いかに皮肉を言うか、いかに巧く詠むかという様な創作するものという感じがします。季語もよく知らないし、巧いことを詠みこむほどの頭もない私には創作はとても難しく感じます。
感じたことをそのまま表現する短歌の方が自分には自然に入ってきます。

ところで短歌の中には祝福を祈りとして詠まれる歌もありますが、それはなんとなく古事記の天の岩屋戸のお話に繋がるような気がします。めでたいからお祭り騒ぎをするのではなく、お祭り騒ぎをするからめでたくなるというような。
ということで、私もそのような感じの歌を詠んでみました。ちょっと違うかも。。

 おだやかな晴れのつづきぬ新年の澄みしみ天(そら)のよろづ代もあれ
 ひな段の五人ばやしのさながらに笛つつ太鼓のもちて奏でり
 正月にめでたき歌をきき給ふ八百万代も國栄えむと

一首目は、年が明けてからおだやかに晴れる日が続いていたので、このような歌を詠みました。みそらを空ではなく天にしたのは、お天道様とか天皇様を含ませてずっと続いていきますようにという願いとしました。

二首目と三首目は、和楽器の演奏を聞きに行った時のことです。今までお雛様のままごとの様なつつや小太鼓しかみたことが無く、本物を見たのは初めてのことでした。演奏する以外のところでは身動きひとつせず、本当に五人ばやしの様でした。
昔からお正月に歌われる歌はおめでたい歌詞のものが多かったようです。聞いたのは翁千歳三番叟という曲でしたが、最後のほうの歌詞は、「四海波風静けき君が、御代はかしこき天照神の、影も曇らず怨敵退散、五穀成就民豊か、八百万代も国や栄えん」と、とてもおめでたい歌詞で締められていました。言霊とも言うことですし、なんだか厄除けになりそうな感じがしました。

(追記)14日は歌会始が行われたそうです。後から知ったので、このことに全く触れておらず失礼しました。

by funkysweets | 2010-01-14 05:59 | 短歌

新年

あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い致します。


今年最初に詠んだ短歌です。

 この年はひとつのおとを丁寧にもちひたるやう努めむと思ふ

丁寧に用いられた音はとても綺麗だし落ち着きます。
音といっても音楽の中のものだけではなく、短歌を詠みこむ一文字一文字も音だと思いますし、話す言葉にも日常生活の中にも色々なところに音はあります。
なかなか難しいですが頑張ります。

by funkysweets | 2010-01-07 10:11 | 短歌

言霊

 日本は昔から「言霊の幸はふ国」、言魂の力によって幸せがもたらされる国とされてきたそうです。御製や、先人の短歌を拝しても、良い言葉が使われ悪い言葉はあまり使われていません。悪い意味の言葉を使わなければならない時は、オブラートに包んで用いられています。(現代短歌はストレートのようですが)古事記に書かれたお話で喧嘩をしている場面でも、とても丁寧な言葉を使って喧嘩をしています。
ということなので私は、言霊の幸はふ国という考えに沿った、素直な短歌を詠んでいく努力をしていきたいと思います。


 天地(あめつち)の道理かなひて栄へけるアマテラスよりつづきし國は

 國思ふ真情偽りなしといふそのま心を継ひでゆかなむ


一首目の短歌の意味は、神話のお話の中にあります。祝福する歌となっています。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、孫の邇邇藝能命(ににぎのみこと・初代 神武天皇の祖父)に言いました。
「豊葦原(とよあしはら)の瑞穂(みずほ)の国は、私の子孫が治める国です。
私の孫であるあなたが行きなさい。
そして、天の神の子孫を中心とする国は、天地の道理にかない、いつまでも栄えることでしょう。」


二首目は、「国思う真情に偽りはなし」と生前仰った、中川昭一氏の真心を継いでいきたいという歌です。きっと多くの方がこのように思ったのではないでしょうか。

 二首とも國という言葉を使っています。それはまさに今、国というものが何たるかを、真剣に考えなければならない時がきているからに他なりません。

by funkysweets | 2009-12-15 03:31 | 短歌

短歌


心ごとみそひともじに納むるはなんぞ清しき言の葉の道

「心ごと」は心に思った感じたこと、心まるごとという風に使っています。
「みそひともじ」は三十一文字すなわち短歌のこと。
「言の葉の道」も短歌のことを指すので、意味としては重なっています。
ただ、ここでは三十一文字は短歌の形式を表し、言の葉の道は昔から詠まれ続けてきた和歌の道という風な意味合いで詠んでみました。

by funkysweets | 2009-12-10 23:20 | 短歌